第1章

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   ゆりかごの上で蜘蛛が歌うよ  お母さんがあたしを指さす。上げた右手の先をあたしの鼻先に突きつける。ツンと上を向いた鼻に触れるか触れないかのところで指をクルクル回した後、滑るように遠ざかっていくお母さん。  ベッドで寝ているあたしは身動きできないままに、首だけお母さんのほうへ向けている。瞬きすらできない。水槽の中の藻のようにベッドの上でたゆたいながら、遠ざかるお母さんを目で追う。  お母さんは小さくなりながらも、なおもあたしを指さしている。あたしが藻なら、お母さんは金魚。口をパクパクしながらあたしを見ている。いいえ、見ているだけじゃないのかも。あれは──あたしに何かを伝えようとしているんだ。  でも、何を?  お母さんの姿が豆粒のようになった。瞬きを三回する間に米粒の大きさにまで縮む。米粒から飛び出している棒のようなものは手だ。お母さんは、飲み込まれても喉に感じないような大きさになってさえも、あたしを指さしている。そして、ミクロな口をパクパク、パクパク。  消えるまえに、お母さんは何を言おうとしているんだろう。必死に。
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