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カオルが高い音色にビブラートをかけて伸ばした。息を切る。笛を口から離してウインクする。小さな声で「おしまい」と言ってから、彼女は笛を分解した。三つに分かれたそれを、ポケットにしまう。
それが合図だったかのように、真っ黒い巨大な蜘蛛はくるりと向きを変えて、音もなくどこかへ消えた。
「足、食べられちゃったの」カオルが靴を脱いで、あたしのほうへ右足を伸ばした。指が全部、なくなっていた。ナマコのようなまん丸い足が、あたしの目の前でぐにょりと動く。
「あの蜘蛛にね。食べられているとき、ちょっぴり悲しくなって笛を吹いたの。そしたら、あの蜘蛛、どうしたと思う?」
あたしは想像もつかなかったので、首を左右に振った。
「食べるのやめて、あたしの笛の音にじっと耳をすましていたの。吹き終わると、どこかへ行ってしまったわ。たぶん、あたしの笛が気に入ったのね。だから、毎日あたしは笛を吹かなければいけないの」
「吹かなければならないのは」あたしはカオルの話に割り込んだ。「そうすればあなたが食べられないですむから?」
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