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箸で摘まんだ唐揚げを差し向け、三白眼の瞳が「何をためらう必要があるのか」と暗に訴えかけている現状。勿論、箸は一人分しか用意されていないのですから、イサミさんが先ほど食事に使用していたものと同じはず。ならば、いちいち明言して興奮するのも馬鹿馬鹿しいですけど、これって……間接キスですよね?
――うわっ!
何だか意識してみると鼓動が尋常じゃないくらいに高鳴ってきました!
顔がかーっと熱くなって、このまま視界がぼやけて気絶していくんじゃないかという緊張の高まり。恋愛初心者の僕にこのシチュエーションはなかなか刺激的です。
ふと視線を交わし合うことが恥ずかしくなってカウンターの方を見つめれば、樹木のように皺が刻まれた喫茶店のマスターと目が合い、小粋なウインクが送られてきました。
どういう意味なんですか、それは。
「しかし、イサミさん……いいんですか?」
「アタシが構わないって言ってるんだから問題あるはずないだろう」
「な、何とも思わないんですか?」
「……あぁ、確かにアタシの食べる分が一個減るって考えたら、ちょっと惜しくなってきたかも」
「そうじゃなくて、は、箸ですよ。……意識しませんか?」
「アレか。こうやって食べさせてもらうみたいなのって子供っぽくて恥ずかしいか?」
「い、いえ、そこは寧ろ喜ばしいのですけれど……って、そうじゃなくて!」
「うーん? 何が言いたいんだ、お前は」
狼狽する僕に対して、ピンと来ていないような表情を浮かべるイサミさん。
そうなんです。この人はどこか、こういったことに鈍感なのかなと思わされる部分があるのです。なので自発的に間接キスという状況を導きだすのは不可能に近いでしょう。僕の内心で相反するためらいと緊張なんて微塵も理解していないに決まっています。
自由奔放な行動原理が育てた自己中心的な性格。
そんなイサミさんが僕の内心など考えるはずもありません。
――などと思っている最中、悩んでいた時間がそれなりに長かったためかイサミさんの表情は段々と不機嫌そうなものに。
僕としては断る理由がない以上、さっさと頂いてしまうべきでしょうね。こんなことで恥ずかしがっていてはいつまで経っても僕とイサミさんの関係は進歩しないですし!
意を決して箸で差し出された唐揚げに緊張感で震える唇を触れさせ、ぱくりと口で回収する僕。そして素早く頭を後退させます。
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