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本当はバカップルと第三者に揶揄されるようなシチュエーションにどっぷり浸かってイサミさんに「あーん」してもらいたい思いがあるのですが、そんな欲求が表に出て気持ち悪がられるのはやっぱり怖いです。相手が相手ですから気にされない可能性は大いにありますが……でも、セーブしてしまう。やっぱり意中の女性には清廉潔白な人間というイメージを提供していきたいので!
そんなわけで、俊敏な動きによって口に放り込まれた唐揚げを何だかためらいがちに――しかし、間違っても嫌という意味ではない感情を胸に咀嚼する僕。
「どうだ? 美味しいだろう!」
「で、ですねぇ……」
味なんて全く分かりません。分かるわけがありません。
僕から同意を得られて「ふふん」と機嫌良さげなイサミさんに対し、意識が吹っ飛びそうなくらいの刺激的シチュエーションに体全体が痺れているような感覚がしている僕。とりあえず平静を装って、徐々に胸中を落ち着かせていきましょう。
――と、思っていたその時。
「だろう? ここのマスター只者じゃないよ」
そう言ってまた唐揚げを口に運ぶイサミさん。
――あぁ、そうか!
僕が口をつけた箸を今度はイサミさんが使う。そんなシチュエーションになることは少し考えたら分かるはずですよね。まるで不意打ちを喰らったような衝撃。機械がオーバーヒートするみたいに脳内の冷静さが蒸発してしまい、くらくらと襲ってきた眩暈に僕は今度こそ意識が飛びそうになってしまうのです。
まぁ、何とも情けない話です。同じ箸を使ったくらいのことでこんなに慌てているのですからね。しかし、僕は初心だから仕方ないと言えるかも知れない一方、イサミさんは年上であるがために動じないというよりは、ただ単純に無自覚なだけ。どこか恋愛面には鈍感なようでして……もう少し意識して恥じらいを見せて欲しいような気もします。
――とまぁ、こんな風にして僕は一週間をイサミさんと過ごしてきたのです。今日までドタバタとしていてこのように落ち着いた場所で会話をするのは初めてのことでしたが、イサミさんと一緒にいれば結局――普遍的な恋人らしい光景からは縁遠いものになるなんて、考えるまでもなく必然だったのでしょう。
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