嵐谷イサミの十戒 その一

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 やってきたのは学校から商店街を挟んだ向こう側にある閑静な住宅街。僕達は学校に行くためこの街へと電車で通っているのですけれど、あちこちを歩き回っているイサミさんと違って僕は通学ルートしか知らないため、地理に詳しくありません。ですので、この一週間いつも同じ場所で待ち合わせてはいるものの、目印になる建物なんかを確認してきょろきょろ周囲を見渡しながら進んでいきます。  そんな道中で頬に触れる風は、四月に入ってから随分と暖かくなりました。桜が開花するような陽気を全身で感じれば、寒さに震える感覚とは秋を通り過ぎるまで無縁でいられそうですね。  ちょっと上機嫌な気持ちを引き連れて途中、ガラス張りの建物を鏡代わりにして制服のネクタイをきちんと絞め直し、前髪の行方を試行錯誤します。  何だか、恋している女の子みたいですよね……。  でもまぁ、自分の彼女がやらない仕草を代行しているような気持ちになるので、何か収まりの良さも感じますけど。  そんな思考をしつつやがて辿り着いた場所。住む者の品性が高いことを感じさせる落ち着いた街並みの中にあって主張せず、しかし埋もれず独特の雰囲気を醸し出すレトロチックな外観。店内を満たす珈琲の香りが午後を至福の時間へと変えてくれるであろう素敵な喫茶店――の付近にある公園です。  思わず公園と喫茶店、二つの場所を見比べてしまいます。大人びた雰囲気を漂わせる優雅さの象徴たる喫茶店。こんな場所で素敵な彼女と待ち合わせ出来ていたならどんなに幸せだろうか。そのように思ってしまい嘆息する僕。  まぁ、素敵な彼女がいるのは事実なんですけど……集合場所が公園ですからね。しかも噴水の小気味よい音に癒され心が解けていくような公園ではなく、思いっきり遊具満載で子供達が無邪気に遊んでいるような場所ですから風情なんてあったものではないです。  そんな風景を傍から見つめる僕。園内では子連れの親子が複数組存在しているようで、ママさんチームの談笑と子供達の和気藹々とした笑い声が混在して午後の公園風景が構築されていました。  そんな中にあって、この一週間何度も見かけた光景。  それが――、 「だーるまさんがっ、こーろんだぁぁぁぁぁああああああ!」
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