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昨日の激しい運動のせいで今朝は全身が筋肉痛に見舞われることとなったのです。それは、どうもスポーツがトレンドとなっているように思われるイサミさんの発案によるもの。普段体を動かしたりしない文系である僕が突如として過酷な千本ノックに駆り出されたのです。やっている最中は本気で病院送りにされるのではないかと思いました。
「しかし甲子園を目指すんならあれくらい耐えてもらわないと」
「誰も目指すなんて言ってませんし、そもそも中学生なんで参加資格すらないんですけど」
「ん? じゃあ来年に備えて頑張るってことで」
「来年には言い出しっぺのイサミさんが参加資格を失うじゃないですか」
「うーん、上手くいかないもんだなぁ」
唇を尖らせ、つまらないと言わんばかりの胸中を露わにするイサミさん。
「でも何と言おうとやっぱり高校生といえば野球、そして甲子園だ!」
「それが一昨日、ウィンブルドン目指してた人が言うことですか。とはいえ、一日でテニスから野球に興味が移り変わったみたいに、もう今は甲子園なんてどうでもいいんでしょう?」
「あはは、お見通しだなぁ。そんなわけで今日は武道館でも目指すか」
「バンドでもやるんですか?」
「武道館は別にバンドだけじゃないよ。それに音楽は昔にやってたから十分かな。それより体を動かしたいなぁ。せっかく春になったんだから」
「今日はなるべくゆっくりさせてもらいたいものですけど。……ほら、料理冷めちゃいますよ」
ほかほかと湯気が立ち上る料理を手で指示して促すと、イサミさんは「そうだったぁー」と無邪気に語って箸を手に取りました。
そんなあどけない表情を見つめ、思わず溜め息を吐き出す僕。でも、それは呆れとは違う意味を含んでいました。
年相応の女子高生が抱くようなことに興味が向かないというよりは――何にでも関心を持ち、幅広い視野でものを見ていると表現を改めるべきでしょうか。それはイサミさんがスポーツ好きというわけではなく、あくまでも幅広い興味の一環という事実みたいに。
そして、それらをやりたいと思えば自分の欲求に任せて実行してしまう。おおよそ現代の恋人同士ではしないであろうイサミさんの気が向いた遊びが、自分の年齢や性別に相応かどうかなんて本人にとっては関係ない。
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