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それでも主税なりに考えてはいた。
(いつも差し入れありがとうございます。お礼に夕ご飯、一緒にどうですか?これくらいなら不自然じゃない…よな。)
実行には移せなかったが。
またなんだかんだどやされるのかと思うと定例会に向かう足取りも少々重くなる。主税の事を心配してくれているのはわかるのだが…
というか、この1ヶ月、なんのきっかけも作れなかった自分自身が一番歯がゆい。
(慎太郎さんのいう通り、伝えないことには何にも起こらないんだよなぁ。)
主税は大きなスポーツバックを抱えて、とぼとぼ階段を降りていた。考え事をしながら階段を降りるというのはいけない。あと半分で1階というところで足を踏み外し…
「…ど、わぁっ!」
だだだだだ…っと盛大に尻餅をつきながら転がり落ちてしまった。
「っ痛ー…」
誰もいなかったが幸い。四つん這いになって打ち付けた腰をさすっていた。
「…猪俣さん…?大丈夫ですかっ?」
頭上から声が降ってきた。顔を上げる。
「…あ、大久保、さん…!」
「大丈夫ですか?怪我は…怪我はないですか?」
エレベーターを降りたところだったのだろう。1階のエントランスホールから駆け寄ってきた。
「ははははい!」
「わ…手を擦りむいてますよ。営業に救急箱がありま、す…から…」
「?」
綾女の視線は主税の左後ろに向いた。
「…ヒール?」
主税はぎょっとした。
振り向くとスポーツバッグの布をぶち抜き…赤の10センチヒールがニョキッとのぞいていた。
「こ、こここれはですねっ」
主税はパニックだった。
「俺のですから!」
終わった…終わった……身体からシュルシュルと力が抜けていった。
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