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「あの方はどんな方だ?一時期悪い印象の噂が流れたが、最近は慎ましくお優しい方だと聞いている」
イルマは騎士たちの間でミナのことを語られていることが少し嫌な気持ちだったが、答える。
「後者が正しいです」
すると騎士の頬に赤みが差し、そうか、やはりか、と呟く。
「そういえば…今日はなぜここにひとりでいるんだ?」
「休暇なので実家に帰るところです」
「ああなるほど、長旅から帰ったという話は本当だったのだな…」
そう言って、何か聞きたそうに、同乗する男をちらりと見た。
たぶん、遠征していた理由が知りたいのだろう。
イルマは素知らぬふりをして、また窓の外を眺めた。
深緑の景色が続き、やがて木々の色が黄葉に変わる。
レシェルス区だ。
水の側宮サリは、近々こちらに来るらしい。
結界構築という大事業を成し遂げたのだ。
きっと今回も住民を救ってくださるに違いない。
イルマは、うちの家族は大丈夫だろうかと今更ながら心配になってきた。
「そうだ、実家というと、ザハノ渓谷に近いのか?」
不意にまた騎士が話しかけてきた。
イルマは、そこまで詳しいことを話す気はなかったので、黙って騎士の顔を見た。
騎士は、慌てた様子で言った。
「いや、別に詮索する気では…ザハノ渓谷辺りで強力な彩石が出現しているというので、実家がザハノ渓谷の近くなら、君の家族は心配だろうと思っただけだ」
そのとき、ずっと黙っていた、同乗している男が口を開いた。
「俺もその話は聞いている。周辺に近寄れないばかりか、水の流れも止まっているとか」
イルマは眉根を寄せた。
実家はザハノ渓谷の近くだった。
飲料水は地下から汲み上げているが、川は獣たちの生命線だ。
狩猟を生業とする父には、獣たちの動向が心配なはずだ。
それに、食事のために魚も捕っている。
だが、すぐに、来週にはサリが動くことを思い出す。
きっと大丈夫だと、父に教えてもいいだろうか?
狩猟仲間に話さざるを得なくなると面倒かもしれない。
イルマは口をつぐむことに決めて、そうなんですねと返しておいた。
実家はもうすぐだ。
馬停には父が迎えに来てくれることになっている。
久し振りの再会に、イルマは頬を緩めて家族を思った。
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