9人が本棚に入れています
本棚に追加
―馬車―
ハイデル騎士団のイルマ・リ・シェリュヌは黒檀塔の馬停に並んでいた。
3日も休みを貰ったので、零の月に帰れなかった分、実家に帰ろうとしているところだった。
同じくハイデル騎士団のセラム・ディ・コリオと団長ムト…ムティッツィアノ・モートンにはその様に話しており、イルマは土産を持って客車に乗り込んだ。
まず王城前客車寄せに行き、そこから故郷であるレシェルス区直行の馬車に乗るのだ。
王城前客車寄せまで歩いて行ってもいいが、アルシュファイド王国で昨日買った土産がかさばって、歩きづらい。
加えて着替えとザクォーネ王国の土産もあるのだ。
考えた末、黒檀塔から客車を使うことにした。
同乗者はふたりで、そのうちひとりは、イルマを見ると少し驚いたような顔をした。
客車は間もなく王城前客車寄せに着き、イルマは最後に降りてレシェルス区行きの客車寄せに並んだ。
足元に荷物を置き、視線を感じてそちらを見ると、見覚えのある…先ほど同乗した騎士だった。
彼はイルマが振り向いた瞬間そっぽを向いており、イルマは怪訝な顔をしたが、相手が騎士なのであまり気にしない。
やがて客車が来て、イルマと、その騎士のほか、3人が乗り込む。
イルマは荷物を頭の上と座席の下に置き、扉のすぐ横に座って、動き出す客車の窓から外を眺めた。
座席に落ち付くと、今日はミナはどうしているだろうかと考える。
たくさんの土産を持ちかえったので、配りに回っているかもしれない。
代わりの護衛に選ばれた騎士たちは、ちゃんと務めを果たすだろうか?
つい3ヵ月前までは役目もない身だったのに、偉そうか、と思いなおし、その考えを振り払う。
そうして窓の外の景色に意識を向けると、見慣れた街路が通りすぎる。
昨日街に出たときは、土産を買うのに夢中で、あまり意識しなかったが、帰って来たんだな、と実感する。
2時間ほど客車に揺られると、そこはユーカリノ区で、乗客は一旦外に出て腰を伸ばす。
ここでふたりが馬車を降り、残りは3人となった。
この馬車は直行なので、客は降ろすが乗せないのだ。
馬を替えて再び馬車が動き出すと、それまで黙っていた騎士がイルマに話しかけてきた。
「君は、あの方の護衛じゃないのか、あの…」
言っていいものか悩んでいるらしい騎士に、そうです、と答えてやる。
ああやっぱり、と騎士は呟くと、続けた。
最初のコメントを投稿しよう!