その刃を振るうまで

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チラシを持った手を下げて山を見る。  芯の強そうな切れ長の目が、山の向こうも射るようにすーっと流れた。  彼女の目は怖い。鼠を弄ぶ猫のように。分かっているのに生殺しにされているようで。  何となく向けられた時は、その手で心臓を掴まれるような気分になる。  同時に彼女は、どうしようもない人だと。 「そうだな。二〇年ぐらい前から開発が始まって、色々あって完成したのはつい最近だ。確か……五〇軒近く家はあるんだが、まだ埋まってなくて空き家が多いらしい」 「へえ……」  初めて気付いたように言ってみる。  確かにどういう経緯があったのかを知ったのは、今が初めてだ。この前戻って来た時は、復讐しか頭に無かったから。  あんなものがあの山に作られていると見ただけで気が触れそうな怒りが、その衝動を加速したのは覚えている。  國村怜十郎(くにむられいじゅうろう)。忌々しい、いつの間にか湧いていた鬼討の家。細々と生き永らえていたあの血を、絶ってやる事しか。  どうしてこんな人間共の為に戦う。全て知っていたくせに。  あの刀はどこに行った? 国が保管しているのだろうか。あれは禁刀(きんとう)。数ある神刀(しんとう)の中でも間違い無く、最も危険な刀だ。あれを振るえば、誰しも軽々に世の理を曲げてしまう。神を殺すよりも大胆に。  でもあれを用いれば、戻れるかもしれないのだ。四〇〇年前よりもまだ、少し前のあの頃に。あの人にもう一度、会えるかもしれない。  小さかったあの頃は口が利けなかった。何を話しているかは分かっていたけれど、言葉を返すまでの力は持っていなかった。だってあの人、何をされても私を使おうとしなかったのだ。力が欲しくても得られない。  私は呪い。使われて生きる(しもべ)そのもの。呑気な招き猫ではない。突っ立っているだけで幸せを運ぶのが彼らなら、奪った幸せを主に捧ぐのが私達だ。  生まれたばかりの黎明期から一切使わず、まだ始まっていないなら理に反している事にもならないと、あくまであの人は単なる妖狐(ようこ)と、私を留めたまま死んだけど。百鬼の狐、人狐(ひとぎつね)ではあるが、その本分を発揮する主をまだ、定められていないという形にして。  決まっていないなら消える事も無い。始まってすらいないのだから。真価を発揮するに他者を条件とする、使い魔ならではの飼い殺しである。執行猶予とも言えるが。
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