prologue

1/1
前へ
/4ページ
次へ

prologue

『次のニュースです。桜ヶ丘市のアパートの一室で昨日、5歳の男の子が死亡しているのが見つかりました。警察では、両親による虐待も視野に入れー…』 空虚なような静寂が広がるリビングに、テレビアナウンサーの淡々とした味気のない声が響く。 「…またこんなニュースか、全く」 そう言いながらも手にした新聞から顔を上げることもなく、父はブラックコーヒーを口に含んだ。 『子供は、神様からのギフトなんだよ』 そんな言葉が口癖だったとは到底思えない、無機質な表情で。 昔から愛用している黒縁メガネは、この光景をどう映しているのだろうか。 想像もつかないが、特に興味も湧かなかなかった。 「…行ってきます」 それは、伽藍堂の空間に告げた、自分なりの別れの言葉。 ソファーの上に置いたカバンを手に取り、玄関へと向かう。すると、慌てて後を追ってくる小さな足音が廊下に響いた。 「忘れものはない?」 リビングでは殆ど言葉を発しなかった母が、手にした折り畳み傘を差し出しながら言った。 「今日はお昼前から雨みたいだから」 「……」 「あなた、最近ずい分頑張っているみたいだけど大丈夫?そんなに無理をしなくても…」 「平気だよ。そんな大したことないし」 「大したことないって、そんな…」 「行ってきます」 施錠を外し、表へ出る。 閉まりかけたドアの向こうで、「あ…」という小さな声を聞いた。 4月の早朝はまだ肌寒い。 (親の話もまともに聞かないなんて) まるで思春期真っ只中の中学生のようだ。 突っ跳ねるような態度を取ってしまった事に罪悪感は感じている。けれど、ギクシャクとした不協和音漂うこの家の空気は時に、自分の中に眠っていた反抗心を無性に煽るのだ。 母親の言った通り、表の空は重たい灰色の雲に覆われていて、この後雨が降る事は容易に予測できた。 が、あえて傘立てにある長傘は持たずに歩き出す。 渡された、小さな折り畳み傘をカバンに入れて。 新学期、高2の始まりの朝だった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加