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詠月はピタリと足を止め、皐月を振り返る。覗いて見えたその顔は今にも泣きそうで、悲しげだった。
「どうして?」と、少し意地悪だったろうかと思いながらも詠月は口にした。
「だって、俺……こんな格好だし……」
恥ずかしくて俯く皐月の頭にポンと、詠月が手を置いた。ゆっくり顔を上げると、こちらを見る詠月が余りにも優しい笑顔だったので、皐月は胸が苦しくなった。
「もう良いよ」
「──良くない、です」
「じゃあ、次」
「えっ、次……?」
皐月が驚いて目を丸くすると、詠月はいきなり傍まで顔を寄せて来た。皐月は緊張のあまり一瞬息が止まる。
「そう、次に会う時。お洒落して見せてよ」
「また、会える……んですか……?」
「君が嫌でなければね」
皐月は詠月の形の良い唇が動くのをジッと近くで見つめた。
まるでそこから魔法の音楽でも流れ出ているかのようにその声は酷く甘く、妖艶に聴こえた。詠月の瞳に自分が映っているのが薄っすらと見える。
──この人に触りたいと、皐月は本能的に思った。
突然、皐月の腹部を太い針が刺さるような、強烈な電流でも通ったかと思う程の激しい痛みが襲った。
「痛い……」
皐月は真っ青な顔で、地面にガクリと落ちるように座り込んだ。慌てて詠月がその体を支え、抱え込む。
「大丈夫?! 皐月くん!」
詠月は必死に何度も名前を叫ぶが、皐月は既に意識を手放してしまっていた──。
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