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皐月はずっと男の顎を見ながら話していたが、ようやくその時、初めて男の顔を正面からちゃんと見た。そして、美しく端正な顔立ちに思わず息を呑んだ。
濃い緑がかった大きな瞳の上に、くっきりとした二重。すっと通った高い鼻筋。口は少し大きめで、元々上がり気味の口角をさらに上げて、優しげな表情でこちらを見ていた。
さきほど隣の彼女に睨まれた理由をようやく今になって知る。
こんなに近距離で、ちゃんとαを見るのは初めてで、恐怖とはまた違うその迫力に、皐月は一瞬肩が竦み、言葉すら失う。
それは時間にしてほんの数秒だったと思うが、皐月は22年間の人生において、初めて誰かに見とれるという経験をした。
「……嫌です」
完璧なその笑顔に惑わされる事なく、皐月は素っ気ない声で返事を寄越す。
「ちょっとだけ、ダメ?」
男は少しも怯まない。その弧を描く優しい瞳をジッと睨むように皐月は眺め、もう一度口を開いた。
「もし、貴方の仕事が歌だとして、今、ここで歌ってください。と言われて歌いますか?」
「うーん、ここでは流石に……」
男は初めて困惑した声を出すが、少し宙を見て思案しただけで、表情は崩さずに視線を皐月に戻した。
「──でしょう? 俺は金にならない事はしません」
「あっはは。そうだね、なるほど。君ってば理屈っぽいね」
今、明らかに男は嫌味を放った。
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