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プロローグ
真っ暗だ。
なにも見えない。
自分が目を開けているのか閉じているのか、それすらもよく分からないほどの、ひどい暗闇だ。
無慈悲なくらいに、ここは静かでひんやりとしていて、そして暗い。
きっとこの場所は、宇宙よりも暗いに違いない、ささやかな星の明かりすらないのだから。
手のひらを自分の顔の前に寄せて、ひらひらと振ってみた。
感覚では数センチ手前にあるはずなのに、どんなに目を凝らしてみても、やはりそれを肉眼で確認することはできなかった。
ああ、まったく。
何も見ることができない暗闇の世界にいること、それによって、こんなにも心許ない不安でいっぱいになるなんて、初めて知った。
せめて…そう、一匹の蛍でもいい、ほんの少しだけでいいから、光がほしい。
しんと閉じられた暗闇のなかに、くすくすと軽やかな笑い声がもれた。
彼女が…エレンが笑ったのだ。
今さらになって、この暗闇に不安を感じている俺の臆病さを雰囲気から見抜き、笑いを堪えられなかったのだろう、そんな笑い声だった。
あるいは、夜目が利くという彼女の目には、マヌケな表情を浮かべてビクつく俺の顔が、実際に、この暗闇のなかでも見えたのかもしれない。
俺の気を悪くさせないように、忍び笑いをしたつもりなんだろうけれど、それはコンクリートで囲われた壁や床に反響して、にぎやかに広がっていく。
「なにも笑わなくたって」
気恥ずかしさから抗議の声をあげると、彼女はもう隠そうとすることもなく、けらけらと笑いながら、ごめん、と言った。
エレンは、俺のすぐ隣に立っている。
手をのばせば、きっとすぐ触れられるくらい近くに。
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