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1. 中年、故郷に帰る
団地の共用玄関から、日菜子が小走りに戻って来る。隆生が頼んだ物が見つかったというのは、その誇らしげな表情からすぐに伝わった。案の定、日菜子の右手には「ガラケー」と呼ばれていた一昔前の携帯電話、左手には隆生が頼んだ通り、携帯電話の車載用充電器を持っている。
「よかった、まだ捨ててなかったみたい。でも、なんで今さらこれを?」
日菜子は軽く息を切らしながら助手席に座り、ひと呼吸入れたあと不思議そうに言った。
「まぁ、それは順を追って説明する。まずは職場に連絡を入れようか」
「ええ、そうね」
日菜子がキャンバス地のトートバッグから携帯端末を取り出すと、気を利かせた隆生は何も言わず車のドアを開けた。
車外へ出た途端、一瞬にして嫌な暑さが体中にまとわりついた。冬には雪が降り積もり、真っ白に街を染めていく東北の日本海側とはいえ、夏は夏でしっかり暑い。隆生は急いで、ビジネス用の携帯端末の通話履歴から部下の名前を探し、電話をかけた。午前中の早い時間とはいえ、むせ返るほどの日差しが辺り一面に降り注いでいる。じっとりと頭皮から滲み出てきた汗はあっという間に雫となり、熱気を帯びたアスファルトに染みを作った。
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