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蝉が鳴いている。その鳴き声は、刃物のように耳を突き刺す鋭い鳴き声だった。隆生がまだ若かった頃、ある事件がきっかけで蝉の鳴き声がトラウマだったが、もう遠い昔の話であり今となっては何も感じることはない。横目で日菜子を見ると、グレーで襟元が大きく開いたuネックTシャツとホワイトスキニーデニム越しから、年齢を感じさせない体のラインが綺麗に浮かび上がっていて、また少し胸が苦しくなった。
「暑い……けど、なんだか気持ちいい。こうして一緒に寝そべっていると子供の頃に戻ったみたい」
日菜子はサンルーフ越しの空を見上げながらそう言った。隆生も、同じように空を見上げた。
「本当に話したいことが山ほどある。一五年前の夜のあとのこと。そして、日菜子の娘のことも……でも」
隆生は日菜子に顔を向けた。だが、日菜子は微動だにせず空を見上げたままだった。
「あの夏、中学三年の夏のことだ……」
日菜子はようやく顔を向け、隆生の目をしっかりと見つめ返しこう言った。
「隆生君が話したいこと、なんとなくわかってるわ」
日菜子はそう言ったが、あの夏の出来事は親友にすら話していないのに知っているはずがない。日菜子が何を思ったのかは知らないが、その予想は外れている。隆生はそう確信したが、そのまま話を続けた。
「今からする話は、俺たちを救ってくれた女の子の話だ」
そう言って目線をサンルーフに戻し、深呼吸した。そして、ハーフパンツのポケットに入れた御守り袋を優しく握った。
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