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「ねえ、ヴァアレ。
だいぶ色付いてきたし、もう食べ頃だと思わない?」
「ああ、そうだな」
フィムはしゃがみこむと、彼女の小さな菜園で大切に育ててきた、オトの苗を観察している。
苗には、爪の先ほどのちいさな赤い実が、まるで朝露のように丸く、キラキラと艶めいて、あちこちに生っている。
フィムの後ろに立っていたヴァアレも、彼女のとなりに腰を下ろすと、おもむろに実のひとつを取って、自らの口の中に放りこんだ。
「おいしい?」
「うーん、ちょっと酸っぱいけど、甘くてうまいぞ」
そのままヴァアレは、次の実を取って口に運ぶ。
「ヴァアレ、全部は食べちゃダメだよ。
明日か明後日には、兄様にお渡ししないといけないから」
「あいつの好物なのか?」
そう言うと、ヴァアレは変な顔をした。
フィムの前ではっきりと口に出したことはないけれど、ヴァアレは、彼女の兄、アウルセランス王子をどうやら嫌っているらしかった。
本当は明るくて物怖じしないヴァアレが、初めて会ったフィムの誕生日の夜、兄妹から目を逸らし、ずっと黙り込んでいたのは、それが原因だったようだ。
いつ、どんなことがあって、彼が王子のことを嫌いになったのか、その理由はわからない。
とにかく出会ってすぐであることは間違いないだろう。
フィムには、あの優しくて聡明な兄を、なぜヴァアレが嫌うのか、とても不思議だった。
「兄様もお嫌いではないと思うけど…これは、わたしたちが食べるためのものじゃなくて、市場に売りに出すんだよ」
「売りにだす??」
ヴァアレは首を傾げる。
フィムは彼のその仕草を見て、自分の発言の意味がわからなかったのだと受け取った。
「あのね、市場に売りに出すっていうのはね…」
「ああ、いや、そうじゃなくて…」
なんだか困ったような声で、ヴァアレはそう言う。
彼の言葉の続きをフィムは待ったのだけれど、そのままヴァアレは黙ってしまった。
そして、何かを探るように、確かめるように、ヴァアレはその緋色の瞳でフィムの目をじっとみつめる。
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