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「さっ、始めようか」
エプロンを着け腕捲りをしながら、傍らに立つ母の顔を見た。
娘である私が嫁いでから住む者の居なくなった実家の二階の一室。
母が嫁入り道具として持ってきた箪笥が並ぶその部屋は、何処と無く埃っぽかった。
換気の為に窓を開ければ、家の裏を流れる川音が聞こえ、春先の未だ冷たさを含む風が流れてくる。
「もう使わない物ばかりだから、思いきって処分しないとね」
母はそう言うと三棹ある婚礼箪笥の一つに手を掛けた。
箪笥の扉を開けると、時代を感じさせる洋服が数枚掛かっている。
「随分と少ないね」
「そうね。普段着るものはクローゼットだし、少しずつ処分してたからね」
「そっか…」
母が箪笥から一枚のワンピースを取り出した。
黒い艶やかに光るビロードのそれを懐かしそうに撫でる母。
捨てたく無いと、その手付きが物語っていた。
「ねえ、そのワンピースっていつ頃の物なの?」
「うん? これは新婚旅行で着たのよ」
「ふーん、それじゃ取っておく?」
母は緩やかに首を振る。
「そんな事を言ってたら何時までも片付かないでしょう?
私も年だし、少しでも片付けておかないと、後で貴女に迷惑が掛かるのよ」
少しばかり母の言葉に悲しくなった。
父が亡くなり二年になる。
実家には年老いた母が一人で住んでいた。
そんな母が終活を口にし始めたのは一月程前の事だった。
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