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『もしもし?』
『あっ、お母さん? どうしたの?』
『近い内に一度、此方に来れない?』
『そうね、今度の月末なら行けるけど、何かあった?』
実家から一県挟んだ土地に嫁いだ私に、母が来て欲しいと言うのは珍しい事だった。
未だ高校生の孫を思い、少しでも負担をかけないようにと言う配慮からだ。
『うん、そろそろ終活しようと思うんだけど、年寄り一人じゃ中々出来なくてね』
話を聞けば、母の友人が都会に住む息子さんと同居する為に、それまで住んでいた家を処分したようだ。
その費用がざっと六百万。
それを聞いて自分が亡くなった後、自分の住む家の後始末をする事になる私の事を思ったようだ。
『貴女に負担は掛けられないわ。
少しでも片付けておきたいのよ』
そんな母の言葉で今に至るのだ。
母が踏ん切りをつけるようにビロードのワンピースを、味気ないゴミ袋に突っ込む。
ロッカー箪笥、洋箪笥と空にして、最後に残った和箪笥に手を着ける。
「此は未だ何もしてないの」
母の言葉通り和箪笥にはたとう紙に包まれた着物や帯がギッシリと詰まっていた。
それを一つ一つ取り出して中を確認する。
「此は嫁入りの時にお祖父ちゃんが持たせてくれたのよ」
藤色の訪問者を懐かしそうに眺める母。
その着物は私の記憶にもあった。
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