言ってはいけない『ごめんなさい』

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「此れ、私の小学校の入学式に着てた着物だよね?」 「そうよ」 次に手を着けたのは、藍色に薄紫の飛雲模様が浮かぶ紬。 「此はお祖母ちゃんの形見分けでもらった着物」 「此方のはお父さんの会社の20周記念式典で着たの」 「此は貴女の七五三の着物」 「ほら、懐かしいでしょ? 貴女の結婚式の時の色留め袖よ」 母の、家族の、思い出と共にたとう紙に包まれた着物。 此れを処分しようとする母の心境はどんな物なのだろう。 開けては丁寧な手付きでたとう紙を閉じる母を見ていると、涙が溢れそうになった。 そして跡継ぎであった長女の私が、嫁がずに家に居たのならと思うと居たたまれなくなった。 『ごめんなさい』 口に出してはいけない言葉が喉元に込み上げる。 手の止また私に母は薄く笑うと言う。 「急ごうか。箪笥を引き取ってくれる人がきてしまうよ」 窓から流れ込んだ春風がたとう紙をカサリと鳴らしていった。
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