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「お邪魔します」
「どうぞ入って」
「遅くなってごめんね。時間、平気だった?」
「うん。全然。こちらこそごめん。家まで来てもらっちゃって」
「大丈夫。はいこれ、もうびっくりしたよ」
あおいは、鞄から取り出した財布を、にこやかに両手で差し出す。
「ありがと。ね、それで昨日はどうだったの?」
それを素早く奪い取った片城あやせが、ぶつ切りに質問をぶつけてきた。
苦笑して、「どうって、何もないよ」と答える。
「ぶっちゃけ、マサキとしたんでしょ?」
「してないしてない。一緒だったの、電車までだし」
「本当?」
咄嗟についた嘘に、無遠慮な視線が差し込まれる。一言一句、聞き逃すまいという決意が感じられて、何とも居心地が悪い。
「でもさ、絶対あおいの事ねらってたよね」
「そんな事無いって」
ふうん、と首を傾げたあやせは、納得のいかない様子ではあったが、「お茶いれるから適当に座ってて」と背を向けた。
「あいつね、幼馴染みなんだけど、高校の時からそういうとこあってさ」
「あはは、そうなんだ」
何も無くて良かった、と締め括られた言葉は、心配しているように見せて、明らかに釘を刺しにきていた。
私のものなんだから変な事しないで。まあ何も無かったんならいいけど、といったところか。
「にしてもお財布、なんでそっちに入っちゃってたんだろ。定期、別にしてたからそのまま帰れちゃって、気が付かなかった」
結構、酔ってはいたけどさ。
笑みを含んで飛んできた声に、「本当、なんでだろうね」と二度目の嘘を吐く。
「中とか見てないよね?」
うそうそ、そんな事しないよね。はしゃぐあやせの後ろ姿を、あおいは冷めた目で眺める。
さっさとこちらの用事を片付けてしまおう。ここでのんびりしていたら、今度こそ、なつほに申し訳が立たない。
何の為に、貴重なスペースをこれでもかと圧迫する大きな財布をくすねて、鞄に押し込めてきたのかもわからなくなってしまう。
一度は座ったソファから、ゆっくりと立ち上がった。
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