◇◇◆葵

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「お邪魔します」 「どうぞ入って」 「遅くなってごめんね。時間、平気だった?」 「うん。全然。こちらこそごめん。家まで来てもらっちゃって」 「大丈夫。はいこれ、もうびっくりしたよ」  あおいは、鞄から取り出した財布を、にこやかに両手で差し出す。 「ありがと。ね、それで昨日はどうだったの?」  それを素早く奪い取った片城あやせが、ぶつ切りに質問をぶつけてきた。  苦笑して、「どうって、何もないよ」と答える。 「ぶっちゃけ、マサキとしたんでしょ?」 「してないしてない。一緒だったの、電車までだし」 「本当?」  咄嗟についた嘘に、無遠慮な視線が差し込まれる。一言一句、聞き逃すまいという決意が感じられて、何とも居心地が悪い。 「でもさ、絶対あおいの事ねらってたよね」 「そんな事無いって」  ふうん、と首を傾げたあやせは、納得のいかない様子ではあったが、「お茶いれるから適当に座ってて」と背を向けた。 「あいつね、幼馴染みなんだけど、高校の時からそういうとこあってさ」 「あはは、そうなんだ」  何も無くて良かった、と締め括られた言葉は、心配しているように見せて、明らかに釘を刺しにきていた。  私のものなんだから変な事しないで。まあ何も無かったんならいいけど、といったところか。 「にしてもお財布、なんでそっちに入っちゃってたんだろ。定期、別にしてたからそのまま帰れちゃって、気が付かなかった」  結構、酔ってはいたけどさ。  笑みを含んで飛んできた声に、「本当、なんでだろうね」と二度目の嘘を吐く。 「中とか見てないよね?」  うそうそ、そんな事しないよね。はしゃぐあやせの後ろ姿を、あおいは冷めた目で眺める。  さっさとこちらの用事を片付けてしまおう。ここでのんびりしていたら、今度こそ、なつほに申し訳が立たない。  何の為に、貴重なスペースをこれでもかと圧迫する大きな財布をくすねて、鞄に押し込めてきたのかもわからなくなってしまう。  一度は座ったソファから、ゆっくりと立ち上がった。
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