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「他にもご質問があれば、可能な限りお答え致します」
「……いいえ。引き続き、よろしくお願いします」
消えてしまいそうな声音なのに、しっかりと芯が通った口調。相変わらず不思議なクライアントだ。
顔を合わせて話しているのではなくて良かった。なつほは天井を見上げる。対応する自信が無い訳ではない。あの時のように、また余計な口を出してしまいそうだと思ったからだ。
「左様でございますか。それでは、完了のご連絡はこちらから差し上げますので」
「あの」
微妙に雰囲気が変わった気がして、「はい」と答えながら、緊張する。このタイミングでの無理難題はご免こうむりたいが、正面から突っぱねる訳にもいかない。
「ひとつだけ」と続くまでには、しばらくの間があった。跳ねたはずの声音は、平らに戻っていた。
「例の条件の事、くれぐれもお願いします」
「ご安心下さい。間違いなく承っております」
「そう、ですか」
「また何かございましたら、お気軽にご連絡下さい」
確認の電話は、既に三回目だ。無理もないとは思うものの、締め切りを前にして、クライアントは間違いなく神経質になっている。
複雑な気持ちで時計を見ると、十五時を回ったところだった。あおいは、流石に間に合うだろう。先の電話でも十五時半には、と言っていた。
脳みその中で散らかるいくつかの思考に、「どうしたものかしら」とこぼして、一度は閉じたノートPCを開く。
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