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ターゲットが、どのような形であれ、娘さんを覚えていた場合は、そこで契約の履行を中止とする。
書かれた文言をそのまま読み上げた。背筋を伸ばした女性と目が合う。
「中止とした場合も、お支払い頂いた報酬はお返し出来ません。本当に問題ありませんか?」
「もちろんです」
「覚えていた場合、というのが、お二人が望まれているのとは違う形だったとしても、ですか?」
口に出してから、しまったと思う。
横から無遠慮に割り込んで良い問題ではなかった。それをする意味も、自身の立場からすればなおさら、ある訳がない。
じっと、こちらを探るように見つめてくる女性に、深々と頭を下げた。
「大変、失礼致しました」
「いいえ。お気遣いありがとうございます」
「どんな形でもいいんです。娘の事を、どこか頭の片隅にでも。考えて、過ごしてくれているのなら、それで」
顔を上げても、女性の視線はなつほに固定されたままだったが、今にも崩れ落ちそうに見えた。
本当ですか、と続けたいのをこらえて、「畏まりました」と返事をする。タブレットを回収して見送った。
後は、提示した高額の報酬をあの二人が用意出来れば、この案件は動き出す。
「変な事言っちゃったな」
天井を仰いで、すっかり重たくなった息を吐き出す。
あの二人は最悪に近い結末を望んでいた。その後はどうなる。どうするつもりなのだ。まだ迷いもあるように見えた。それならば。
思考の海に沈みかけて、なつほは頭を振った。きっと近い内にこの案件は動く。そんな確信があった。早めにプランを練っておかなければ。
ターゲットにある程度のところまで近付き、それとなく、その時点では不穏な空気を悟られずに、クライアントの出した条件を調査する。
その上で、是非を判断しなければいけない。
相手は一般人であるから、実行時のリスクはほとんど無い。問題はそこに辿り着くまで。普段とは違う意味で、かなり骨が折れる仕事になるだろう。
いつものように、あおいをメインに据えて、脇に何人か付けるのがベターか。サポート役は自分がやってもいい。
ひとまず、連絡を取っておこう。お茶を一口含ませて、唇を湿らせる。
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