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「例の業者からか」
心配そうに覗き込む顔に向かって、「まあ、そう」と答えた。
ひどく疲れた顔だ。きっと自分も、同じ顔をしているのだろう。
「やめるわ」
「なんだって」
「ごめんなさい」
「……いや、謝る事はないさ」
男があっさりと反論を取り下げる。やはりこの人は反対だったのだなと改めて思う。
復讐心が全く無かった訳ではないのだろうが、きっと前を向こうとしていて、それでも付き合ってくれたのに違いなかった。
「僕はもう、心中するくらいのつもりでいたんだ。考え直してくれてよかった。でもどうして?」
何を言っても、聞かなかったのに。少し寂しそうに男が言う。
「思いっきり叱られちゃったの。娘と同世代の子に。ほら、二人で行った時の、あの子」
納得した様子で、男は口元だけ笑った。「少し、似ていたよな」
そうなのよね、と返してから、眉根を寄せて難しい表情を作る。
「お母さんは、たまにこうなっちゃうところがあるから」
両手を顔の前に持っていき、視野を狭めるようにして、すっと前に出してみせた。
「その時は、ちゃんと私が叱ってあげるね。なんて、もう随分前に言われたの、なんだか思い出しちゃって」
男は、「そうか」とだけ言って横を向いた。
心なしか、表情から疲れが消えたように見える。きっと自分も、同じ顔をしている。しているはずだ。
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