◇◇◆夏帆

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 バイブレーションに設定してあるスマートフォンが、デスクの上で主張を始めていた。横目でちらと見やるが、構わずノートPCのキーを叩く。  文章を一つ打ち終えてから手に取り、川口なつほは溜め息をついた。耳にかけていた黒髪が、さらりとほどけて肩に落ちる。 「ごめん」 「今どこ?」 「本当ごめん。ちょっと寝過ごしちゃって。急いで向かってるから」  あおいの声は早口で、焦っています、と全身全霊をかけて言い訳しているように聞こえた。  しかし、なつほにしてみれば、やはり、という思いの方が強い。  知り合ってもう随分になる。馬鹿正直なところも、付き合いが良すぎるところも、少し適当なところも、把握しているつもりだ。  つまりこれは、想定内の出来事。心構えを先にしておけば、そこまで腹を立てずに済むものだ。  とは言え、時間に限りがあるのも事実で、既に予定が狂っている。甘い顔は出来ない。  努めて抑揚のない口調を心がけて、大慌てであろう彼女を詰問する。 「今どのあたり?」 「えーと……それが、ちょっと取り込んでて」 「言って」  おそるおそるの体であおいが口にした駅名は、あの男の最寄りだった。  有無を言わさず、通話終了をタップしそうになった親指を、どうにか落ち着かせる。 「どうしてそんなところにいるの」  穏やかに発したつもりの台詞は、ぞくりとするほど、低いトーンになっていた。  左手を軽く握り、短い爪に目をやる。小指の端がささくれているのを見つけ、顔をしかめた。
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