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バイブレーションに設定してあるスマートフォンが、デスクの上で主張を始めていた。横目でちらと見やるが、構わずノートPCのキーを叩く。
文章を一つ打ち終えてから手に取り、川口なつほは溜め息をついた。耳にかけていた黒髪が、さらりとほどけて肩に落ちる。
「ごめん」
「今どこ?」
「本当ごめん。ちょっと寝過ごしちゃって。急いで向かってるから」
あおいの声は早口で、焦っています、と全身全霊をかけて言い訳しているように聞こえた。
しかし、なつほにしてみれば、やはり、という思いの方が強い。
知り合ってもう随分になる。馬鹿正直なところも、付き合いが良すぎるところも、少し適当なところも、把握しているつもりだ。
つまりこれは、想定内の出来事。心構えを先にしておけば、そこまで腹を立てずに済むものだ。
とは言え、時間に限りがあるのも事実で、既に予定が狂っている。甘い顔は出来ない。
努めて抑揚のない口調を心がけて、大慌てであろう彼女を詰問する。
「今どのあたり?」
「えーと……それが、ちょっと取り込んでて」
「言って」
おそるおそるの体であおいが口にした駅名は、あの男の最寄りだった。
有無を言わさず、通話終了をタップしそうになった親指を、どうにか落ち着かせる。
「どうしてそんなところにいるの」
穏やかに発したつもりの台詞は、ぞくりとするほど、低いトーンになっていた。
左手を軽く握り、短い爪に目をやる。小指の端がささくれているのを見つけ、顔をしかめた。
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