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九、
普段よりも早く起床し、与四郎は出掛けて行った。
外はまだ薄暗い。
与四郎の閉めた戸口の音で、お沙は眼が覚めた。
主の居ない、縒れた布団がお沙の隣にあった。
*****
与四郎は髪結い床の戸を叩いた。
夜が明ける前である。営業はまだ始まっていない。
「おい、居るかい。良吉、良吉」
与四郎は幼馴染みの名を呼んだ。
家の中から、眠そうな声の返事が聞こえた。
ほどなくして、良吉が戸を開けた。
「なんだ、与四郎か。どうした、こんな朝早くに」
寝惚け眼で与四郎を見る。
「起こしちまって悪いな。ちょっと野暮用があってね」
「野暮用?」
「すまないが、髪をすこしばかり分けてくれないか」
いきなり言った。
唐突すぎて、良吉はまばたきを多くした。
「お前さん、突然なにを言い出すんだ」
「髪が欲しいんだ」
「どうして」
「野暮用でね」
「いや、髪ならいくらでもくれてやるさ。好きなだけ持ってゆくがいい。だが、いまは無いぞ。昨日切った分は捨てちまったよ」
「そうか――」
「今日の分が出れば、それをやるよ」
良吉の眼はすっかり覚めていた。
「すまないな。じゃあ、今日はお前の仕事を手伝ってやろう」
「おれの仕事?」
「あぁ。ただもらうだけじゃ、気が済まねぇ」
「そうか」
ここで、良吉はふっと頬を緩めた。
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