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四、
寡婦となった忍は、心をどこかへやってしまったようであった。
誰が問いかけても上の空でいた。
与四郎とお沙は、忍を見舞った。
昼間だというのに、屋敷の中は薄暗い。
忍の沈んだ気持ちが、辺りの空気まで暗くさせてしまっているようだ。
濁った眼でまばたきと呼吸をくり返し、ただ座っている。
「忍さん‥‥」
「―――」
お沙の呼びかけに応えず、ただ座っている。
忍は吉井と同じ寺子屋に通い、そこで見初められ、夫婦になる約束をした。そして、夫婦になった。
吉井の家とは古い付き合いの与四郎。歳の近い子ども同士、すぐに親しくなった。
与四郎にお沙を紹介したのは忍であった。
お沙と忍は、とある茶屋で知り合った。看板娘として働いていたお沙。
ふたりは同郷で、それがきっかけで話をするようになったのである。
それからは、与四郎、吉井、忍、お沙の四人で過ごすことが多くなった。
互いに夫婦になってからは、仕事が忙しくなり、幼い頃のように遊びまわることはできなくなったが、仕事として会う時の、ちょっとした隙に仲良しの顔に戻る。
「忍さん」
お沙はもう一度、忍に声をかけた。
吉井の家、居間に与四郎、お沙、忍の三人は居る。与四郎とお沙は並んで座り、忍と向かい合っている。
忍は応えない。
応えられないのかもしれない。
お沙の声に、僅かに瞳を動かした。
与四郎はいたたまれない様子で忍を見ている。
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