第一章 夫婦

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    四、  寡婦となった忍は、心をどこかへやってしまったようであった。  誰が問いかけても上の空でいた。  与四郎とお沙は、忍を見舞った。  昼間だというのに、屋敷の中は薄暗い。  忍の沈んだ気持ちが、辺りの空気まで暗くさせてしまっているようだ。  濁った眼でまばたきと呼吸をくり返し、ただ座っている。 「忍さん‥‥」 「―――」  お沙の呼びかけに応えず、ただ座っている。  忍は吉井と同じ寺子屋に通い、そこで見初められ、夫婦になる約束をした。そして、夫婦になった。  吉井の家とは古い付き合いの与四郎。歳の近い子ども同士、すぐに親しくなった。  与四郎にお沙を紹介したのは忍であった。  お沙と忍は、とある茶屋で知り合った。看板娘として働いていたお沙。  ふたりは同郷で、それがきっかけで話をするようになったのである。  それからは、与四郎、吉井、忍、お沙の四人で過ごすことが多くなった。  互いに夫婦になってからは、仕事が忙しくなり、幼い頃のように遊びまわることはできなくなったが、仕事として会う時の、ちょっとした隙に仲良しの顔に戻る。 「忍さん」  お沙はもう一度、忍に声をかけた。  吉井の家、居間に与四郎、お沙、忍の三人は居る。与四郎とお沙は並んで座り、忍と向かい合っている。  忍は応えない。  応えられないのかもしれない。  お沙の声に、僅かに瞳を動かした。  与四郎はいたたまれない様子で忍を見ている。
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