10人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ
「とりあえず、残された材料でつくる」
与四郎は問うてきたお沙に言う。
「それで、そのあとは――」
「どうしたものかな」
他人事のように言った。
「そのように言わないでください」
「だが、仕事はしなければならない」
言って、与四郎は作業場へ向かった。
お沙はその背へ声をかける。
「これからは、わたしが材料を調達にゆきます。吉井さまは、ただおひとりで仕事をされていたわけではないしょう。なんとか、近しい方を捜してあたってみます」
「いや、それは無理だろう」
与四郎は、背を向けたまま言った。
「なぜですか」
「吉井は、すべて自分ひとりで仕事を管理していた。たとえ親しい者であっても、調達の方法や場所は教えなかった。吉井は他の者とは違う方法をとっていたと聞く。――わたしらの筆づくりの技が先代から受け継がれてゆくように、吉井の家でも、仕事については先代から受け継いでいたのだ」
「それくらいのことは、わたしも知っています」
「どうやら、仕入れ先をまとめた帳簿はあるようだが、いま、それがどこにあるのかを知っているのは忍だけだ」
「でも、忍さんは――」
「あの様子では訊き出せまい。吉井の屋敷を勝手に探すわけにもゆかぬしな」
「では、どうすれば‥‥」
「おれたちで、なんとかするしかない」
最初のコメントを投稿しよう!