ある出会いとある別れについて

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 彼はこちらをちらっと見て、笑顔を見せた。無邪気な少年のような綺麗な笑顔だった。皮肉を口元に浮かべていそうな顔をしているが、話してみると彼は僕よりも年下の純粋で真っすぐな男だった(誤解されそうな言い方だけども、親をだまして仕送りをもらっているというのもある意味では純粋であると思う)。  なんてことのない話をしていると、あっという間に時間が過ぎ、間もなくサークル仲間たちが店にやってくるという。 「店を変えませんか?」  僕がそう言うと、彼は笑顔で頷いた。  サークル仲間に急用ができたので先に帰ると連絡を入れ、僕らは店を出て、朝まで飲み明かした。  何度かそうした酒を飲みかわし、いつしか彼の家に通うようになった。  彼は親しくなればなるほど口数が減った。僕から話しかけない限りは彼は何も言わずに小説を書き続けていた。でも、僕はそんな時間が嫌いでなかったし、意味もなく衝動に身を任せ物を書き続ける彼の姿に憧れを抱いてすらいた。  彼と知り合い、それなりの時間が過ぎ、僕は社会人になった。  彼は変わらず小説を書き続けていた。部屋の中を埋め尽くす原稿用紙の束の中、より暗くなった部屋で彼はひたすらに筆を進める。今彼が書いているものが続き物なのか単発なのか僕は知らなかった。何を書いているのかと訊いてみても、書く理由と一緒で彼は分からないと答えた。続き物のようにも感じるし、単発だとも思う。自分の感情と地続きなのは分かるのだけど、やはりこれがどういった物語なのかは分からないのだと。     
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