後編「雷人」

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「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイは子供の足じゃ一日でも回り切れないような広い植物園でね。世界中の植物が集められ、変わった建築物やモニュメントが園内のあちこちにあるんだよ。その写真に載っているのは中でも一番有名な『スーパー・ツリー』だね。大樹の形をした巨大な建造物群だ。そんな所だったから、かくれんぼにはうってつけだった。四人で何度か鬼を交代して一日中庭園を駆け回ったよ。その日最後に鬼になったのが融で、逃げる役の三人の内僕が一番初めに彼に捕まった。融は妹とその女友達には優しかったけど、僕には容赦なかったな。玲奈と未亜は一緒に隠れていたようだった……多分、その時にお前達はある取り決めをしたんだろうと僕は考えている」 そう、ここからが完全な推測だ。未亜も玲奈も語ったことの無い、いや、語るタイミングを失ったまま全てが怒涛のように押し流されてしまった出来事。 「言い出したのは玲奈だったんじゃないかな……おおよそ、こんなことを言ったんじゃないかと思う。「入れ替わってみない?」って」 ――ねぇ、ちょっとしたゲームをしてみない?私と未亜とで入れ替わってみるの。私が未亜のふりをして未亜の家族の所に行って、未亜が私のふりをして私の家族の所に来るの。最後まで気付かれなかった方が勝ち。どう、面白そうでしょ? 赤い麦藁帽子を取って、汗を振り払うように柔らかい子供の髪をくしゃくしゃとかき混ぜていたずらっぽく笑う妹の姿は容易に想像ができた。そして受け身がちで、玲奈の行動力に憧れて彼女の言うことは大体大人しく従ってきた未亜が、この時も戸惑いつつもその提案を受け入れたのであろうことも。 ベッド脇に立ち、俯いてがたがたと震える彼女の頭頂部を見下ろして殊更優しく問いかけてやる。 「そうじゃないかい――未亜」 あれ以来妹の名前を名乗っていた幼馴染の少女が髪を振り乱して面を上げた。もともと白い肌は一層青白く、大きく開かれた目からは今にも涙の粒がこぼれ落ちそうだ。その様子を見て、やっと思い出してくれたらしいと確信する。 「雷人、くん……」 弱々しく発せられたのは懐かしい呼び名。こちらの様子を窺うように恐る恐る呼ぶ、その小さな声が昔から僕は愛おしかった。
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