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だが折しもその夜は夏至の祝祭日。魔に連なる者達の力が強まる夜だった。「妖精の森」も例外ではなく、魔法の木々は大きく成長して空を覆い道を隠し、妖精や幻獣は歌い、喚き、踊り狂った。普段の美しい月光に満ちた静謐な夜の森はどこへ行ったか、悪夢のようなおどろおどろしい黒い世界に恋人達はひしと腕を組み震えながら彷徨った。
ライサンダーとヘレナの姿をしたハーミアはどうにか森を抜けようと身を寄せ合い道なき道を進んでいたが、突然行き当たった空き地でとうの昔にはぐれたもう一組の恋人達の姿を見つけた。
ぽっかりと空いたその地面に倒れた男女。デメトリアスと、ハーミアの姿をしたヘレナ。最期まで寄り添い合っていただろう二人の体は、あちこちが赤黒く汚れ、引きちぎられるように欠けていた。そこに覆いかぶさるようにしてロバの頭に人間の体をした醜悪な化物ニックが、何かを咀嚼するような音を大きく闇に響かせている。
悲鳴を上げ、二人はその場を逃げ出した。ただひたすらに走るヘレナの中のハーミアの心は恐怖でいっぱいだったが、その中に一つ、過ぎったことがある。
――本当は私が死ぬはずだった。ヘレナと心が入れ替わったことでお互いに恋を叶えたけれど、入れ替わったためにヘレナは死んでしまった――!!
「それ、寝る前に聞く話じゃないよ」
幾分呆れたような表情で春ちゃんが「お伽噺の皮を被ったホラーじゃん」と言った。続けてぼそりと「趣味悪い」と呟く。彼女の言うことは正しい。私だってどうしてあの晩に限って雷人があんな不気味な話をしたのか理解しかねているのだ。
「で、その続きは?」
「さあ」
「さあ、って……」
私の返答に首をかしげる春ちゃんに、やや恥ずかしい結末を話す。
「そこまで聞いたところで寝ちゃったから……まあ、寝たっていうより気絶したってのが正しいんだろうけど」
ふぅん、と相槌を打ってそれきり春ちゃんは黙り込んだ。目を閉じ片手の指で軽く机をとんとんと叩き、考えを巡らしているらしい。しばらくして彼女が口を開く。
「玲奈ちゃんが考えているように、玲奈ちゃんの夢は確かにお兄さんの話の影響を受けているんだろうね。大きな傘みたいな樹もそうだし、ハーミアとヘレナの心が入れ替わったことでハーミアがヘレナを「殺してしまった」と嘆く点も、夢の中の「どうして<私>を殺したの」という言葉に通じると思う」
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