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「お兄さんの話と同様に、というかお兄さんがそこからアイディアを取ったんだろうけれど、四人の男女が夏至の夜に妖精の森を彷徨う話ね……まあ、他にも二つくらい別の筋が絡んでいるんだけど。彼らの名前がそのまま、ヘレナ、ハーミア、ライサンダー、デメトリアスなの。妖精パックも出てくる。あと「ロバの頭の化物」っていうのは機屋のニック・ボトムのことじゃないかな」
……情報量が多すぎて頭が痛い。春ちゃんは楽しそうだがシェイクスピアがどう雷人の話に組み込まれていたのかを知ったところで、彼がどういう意図であの話をしたのかはわからないんじゃないだろうか。そう感じて考えることを放棄するのは、別に、逃げではないと思う。
そんなところにタイミング良く、
「お待たせ」
鞄を抱えて雷人がやって来た。普段と変わらないのほほんとした様子で現れた彼に、少なからずほっとする。
「じゃあ、お兄ちゃんが来たから。春ちゃん、話聞いてくれてありがとう」
「いや、興味深かったよ。また休み明けに学校で」
春ちゃんは笑って軽く手を振った後、すぐに手元の本に視線を落とした。彼女は閉館ぴったりまでここにいるのだろう。本の虫の彼女らしい。
空調の利いた図書館から出た途端、昼間の名残りのむわっとした熱気が押し寄せてきた。そんな中をゆったりとした足取りで進む雷人の、ほんの少しだけ斜め後ろを私も歩く。夏の日は長いと言っても、暗闇は静かに、けれど確かに迫ってきている。
「あ、そうだ。アイスを買うんだっけ?」
確かあの店だったよね、と向こうに見えたアイスクリーム店を指差して振り返る雷人に、私は力なく首を振った。
「ううん、やっぱりアイスはいいや……お兄ちゃんも大してお小遣いもらってないのに奢ってもらうのも悪いし」
雷人は俯きがちにそんなことをぼそぼそと言う私に、眉尻を下げて笑った。
「何を今更。僕が良いって言ってるんだから、それで良いじゃないか」
お前のそれは一種の内弁慶だよね、とよくわからないことを言う。
「本当に良いの。それより疲れてるし今朝夢見が悪かったせいで酷い気分だから、早く帰りたい」
私が強引にこの話を打ち切り雷人の手をぎゅっと握り引っ張ると、彼は素直に従ってくれた。ただ、
「夢見が悪かった?」
とだけ聞き返される。
「うん、元は昨日のお兄ちゃんの話のせいだよ。何だったの、あれ。ものすごく怖かったんだけど。朝酷い気分で目が覚めたんだから」
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