後編「雷人」

2/10
前へ
/24ページ
次へ
さてどうしたものか。こんな態度を取られるとさすがに可哀想になってくる。僕は決して彼女を泣かせたいわけではなく、もっとたくさん甘やかしてあげたいくらいなのに。ただその前に一つだけ、彼女に受け入れてほしいことがある。それだけなんだ。 黙り込んでしまった僕に我に返ったらしい彼女が、 「あ……ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんがお話してくれるのは嬉しいし、大好きなの。でも、でもそのお話はだめ。よくわからないんだけど、怖い。怖いの……ごめん、ごめんなさい、お兄ちゃん……」 必死で僕の袖を掴み一生懸命に弁明する。その様子は多くの人が知る「森島玲奈」からは程遠いのだろう。明るくて、元気で、どんな時でも我を通す。特にのほほんとした兄に対しては女王様然として、自分の命令を彼が素直に遂行すると信じて疑わない、そんな彼女からは。 確かに彼女は常にそう行動してきた。だが本当のところを言えば、二人きりの時は全く違う態度を取っていた。二人きりになると大人しくなり、おどおどし始める。人目のある所では僕がついてくるものと疑わず堂々と前を歩いていたのが、突如僕の少し後ろについて歩くようになる。立場が逆転し、僕の顔色を窺うような言動を取るのだ……僕に、見捨てられないために。 「……そう。うん、じゃあこの話はいったん止めて、少し昔話をしようか」 僕の方向転換が随分予想外だったらしく、彼女は目を白黒させた。だがすぐに布団を胸元に引き寄せぎゅっと握りしめる。僕が何の理由も無く話を変えるとは思えなかったのだろう。 僕はそんな彼女を一旦置いておいて立ち上がり、勝手に妹の部屋の箪笥の引き出しを漁り出した。 「確かこの辺にあったはずなんだけど……」 一番下の段を開けて奥の方を探ると、長い間そこに押し込まれてしわくちゃになったそれが見つかった。 「お兄ちゃん……?」 僕の突然の行動にぽかんとしていた彼女が恐る恐ると言った様子で、呼びかけてくる。それに答えて僕は振り向いてベッドの側に戻り、両手に持った物を彼女の目の前に差し出した。 「これ、覚えてる?」 小さな子供用の赤い帽子。きちんと折り畳まずに収納されていたため随分形が崩れてしまっているが、その色は鮮やかなままだ。 「あ、あ……あ……」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加