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本来なら言葉も通じない海外で子供だけで放り出すなんて言語道断だろう。だが家族ぐるみの海外旅行を毎年していることからの安心感、その頃から同世代の子供達に比べしっかりしていると評されていた年長者の僕と融に対する信頼、あの国の治安の良さと南国のリゾートにおける気の緩みなどといった諸々の理由から、僕らは四人だけで自由行動を許された。そうして両親との待ち合わせの時刻だけを決めて子供達は嬉々としてあの夢のような植物園へ繰り出したのだ。
床に座ったまま自分の部屋から持ってきていた古い、擦り切れたパンフレットを彼女の手元に差し出してやる。
「……!」
見下ろした彼女は、表紙の写真を目にして大げさに肩を震わせた。
「まっすぐに立ち並ぶ傘のような大樹。幹は植物がびっしりと覆い、紫の枝が天高く丸く広がっていた」
昨晩の物語の一節を諳んじてみせる。その写真に写っているのはまさにそういう光景だ。
「僕が昨晩「妖精の森」のお話をした時、思い描いたのはそんな場所じゃなかったかな。そしてお前はまるでその目で見たかのように、その景色が頭に浮かんだはずだ」
そういうふうに僕は誘導した。自分の創作した物語を妹に聞かせるという名目で、その中に過去の情景をひっそりと織り込んだ。その時は彼女が封じ込めた記憶を第三者の口から突きつけるのでなく、彼女自身に自然な形で思い出してもらうのが望ましいと考えていた。毎年この時期になると不安定になる彼女の心に少々揺さぶりをかけることで、記憶を呼び覚ましてくれるのではないかと期待したのだ。
だが思った以上に彼女の記憶を封じる扉は重たく、わずかに空いた隙間からこぼれ落ちる欠片に彼女は怯えるばかり。このままでは埒が明かないので、結局僕はストレートに真実を話すことにしたのだ……嫌だな。彼女が苦しむのはわかっているし、他でもない僕の手で彼女を苦しめるというのが何より嫌だ。思えばあんな回りくどいことをしたのは、いくら自分の目的のためとはいえ自分の手を汚したくなかったからだろう。僕は彼女にとって誰よりも優しい人間でありたいのに。尤もあの日、彼女の「罪」を見て見ぬふりをした時点で、僕を優しいとは決して言えないのだろうけれど。
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