後編「雷人」

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かくれんぼの鬼になっていた融とそれに先に捕まっていた僕がスーパー・ツリーの下の二人を見つけた時、彼女らは麦藁帽子を目深にかぶってにこにこ笑った。そして未亜のふりをした玲奈が融の腕を取り、玲奈のふりをした未亜が僕の手を取る。言いだしっぺの玲奈はうまいもので、未亜らしく口数少なめに振る舞い、融の後を親鳥の後ろを歩く雛のようについて回った。おそらくこの時点ではまだ融は妹が入れ替わっていたことには気づいていなかったと思う。一方で僕の方はかなり早く気が付いた。未亜の方は玲奈ほど大胆でもなく要領が良いわけでもなかったから、実につたない演技だったのだ。いつもこちらの有無を言わせず兄の手首を掴んでぐいと引っ張るような妹が、恐る恐るといった様子で僕の指に自分の指を絡めた時にあっさりわかってしまった。それでも玲奈と約束した手前少しでも長くこのゲームを続けなければならないと考えたのか、何やってるのと問い詰めようとする僕に対し人差し指を立てて黙っていてくれと懇願してきた。僕は何となく事情を察し、これに付き合ってやることにした。僕もまた、彼女らのお芝居に加担したのだ。 地下鉄へと向かう地下通路の入口の所で両親と合流する。子供達がなんとなく皆おとなしげなのを、大人達は遊び回って疲れたのだろうと納得していた。夕食時も解体が面倒なチリクラブに夢中になって口数少なになっていれば、それほど違和感を悟られることもない。奇抜な建物が競うようにイルミネーションを煌かせる豪勢な夜景の中、チャンギ空港へとバスで向かい乗り込んだ飛行機は深夜便。そうすれば並んで座っていたってすぐに機内は消灯し、日本に着くまでの約七時間ほとんど睡眠に充てることになる。結果として成田空港に着陸するまで子供のつたない演技ながらも、二人の入れ替わりは両親の気付かないまま乗り切れてしまった。 そして二家族は成田空港で別れた。融と、未亜のふりをした玲奈は行ってしまった。彼らは羽田空港に向かい、そのまま国内便に乗り換え、事故に遭った。僕らは重たいトランクを引きずって辿り着いた自宅で久々に付けたテレビのニュースで、そのことを知った。最後のフライトで天野家は、彼らの中にいつの間にか潜んでいた異分子に気付いていたのだろうか。今となっては確かめる術もない。ただ、墜落事故によって一つの家族と共に、少女達のついた小さな嘘もまたひっそりと燃え落ちたのだった。
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