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呟きながらのろのろとベッドから出る。
昨晩は兄の雷人(らいと)がベッド脇に座って私が眠るまで寝物語をしてくれていた。この年になってまで兄に眠る前にお話をしてもらっているなんて、恥ずかしくて友人にも両親にも言えない。だが毎年夏になるとどうにも寝つきが悪くなり、慢性的な睡眠不足に陥ってしまう。それが眠る時に雷人が側にいてくれると、安心するのかよく眠れるのだ。
少々ロマンチックなところのある雷人は私が乞えば、二つ返事でベッド脇の床にあぐらをかいて私の片手を軽く握りながら自身が即興で創作した物語を話してくれる。雷人の話はいつも動物や魔法、お菓子とかが出てくる、高校生男子とは思えない甘ったるくてほのぼのしたお伽噺だ。
それが昨日は違った。妖精の森を舞台に恋する男女が出てくるのだけど、なんだかひどく不気味で、怖い怖いと思ううちに結末に辿り着く前に寝入ってしまったような気がする。枕の下の本ではないけれど、きっとそれが原因であんな奇怪な大樹の森の夢を見たんだろう。とにかくいつもの雷人の創作とはまったくテイストが違っていた……スランプだろうか。
洗面台で普段より乱暴に顔を洗って、起きた後も引きずっているよくわからない重たい感情を振り払おうとする。鏡に映った自分の顔を見てみると、中学二年生の森島玲奈(もりしまれな)がいる。夢の中の私は小学校高学年くらいだっただろうか。当然その頃に比べれば顔つきは大人びてきていると思う。だが肩のあたりで切り揃えられた髪形は当時と変わっていない。変えてみようかと思ったこともないわけではないが、なんとなくそのままにしている。
部活の練習に学校へ行くため体操着を着て、部活用の鞄一つだけを持ってリビングに入った。
「おはよ」
「おはよう、玲奈。いつもより早起きね、珍しい」
フライパンの上のソーセージの具合を見ていた母が振り返る。
「……珍しいのはお母さんでしょ。今日、お仕事お休みなの?」
共働きの母はいつもはこの時間はもう出ているはずだ。シンクの中に残る洗い物を見たところ、父の方は既に出勤した後だろう。普段なら朝食は兄と二人きりになるはずで、そこで昨日彼がした不気味な話について一言文句を言っておこうと思っていたのに。
「いろいろ手続きしなきゃいけないことがあって、午前休を取ったの」
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