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私がテーブルに座ると母が手早くこんがり焼けたソーセージを皿に載せ、ご飯が盛られたお茶碗と共にこちらに寄越す。
「ふぅん」
言いながらちらりと隣の席に座る雷人に目を向けると、彼は箸を止めて、
「あー、おはよう」
へらりと笑いかけてくる。普段からふわふわした空気を纏った人間なのだが、いつにも増して笑顔が緩い。恐らくまだ意識が覚醒しきっていないのだろう。私が悪夢に悩まされる原因を作った癖にきっとこの人は熟睡していたんだろうなと思うと、ちょっと拗ねたくもなる。
「どうしたの、朝から。機嫌悪そうだよ」
「なんでもない」
ぷいっと顔を背けて食事に取り掛かることにする。そんな私に雷人は小さく苦笑しただけで、
「今日は部活?」
と訊ねてきた。
「うん。お兄ちゃんは?」
「図書館。夏休みの課題が多くてね」
「図書館行くんだ。じゃあ、帰り道にあるアイスクリーム屋さんのアイス買ってきておいて。蒸し暑い体育館で練習してくるから、帰ったら冷たい甘いものが欲しいの」
つんとすましてわがままを言った私に、雷人は「はいはい」と頷く。母が呆れたような顔でこちらを見た。仮にも兄である雷人に対し平然と使いっぱしりを命じるなんて、と言いたいのだろう。友人からはよく「優しいお兄さんだよね」と言われる。実際そうなんだろう。気が強くてわがまま、と称される私の要求に雷人はいつも「仕方ないなあ」というように笑って答えてくれていた。
「玲奈。八月の最後の週の旅行のことだけど、あなたやっぱりどうしても行かないの?」
最後の一口を食べようとしているところに、母がそんなことを訊ねてきた。
飛行機に乗って二泊三日の北海道旅行。
「……行かない。部活、休みたくないし」
森島家は旅行好きの一家だ。父も母も普段はフルタイムでばりばり働いているが、毎年この時期に家族で旅行することを楽しみとしていた。それが私が中学生になって部活や勉強を理由に行きたくないと言い出したのが、母は気に入らないらしい。
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