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私一人置いて行ってくれて構わないのだが、中学生の女の子一人を家に一人置いていくわけにもいかないということで、結果、両親だけで出掛けて雷人がセットで置いて行かれることになる。雷人の方は高校生だが、それでも子供二人だけというのは心配じゃないのだろうかと思う。しかし雷人はのほほんとした印象とは裏腹に勉強もできて学校でも生徒会役員を務めていたりして、周囲からの信頼は厚かった。今回の件も「仕方がないわね。じゃあ雷人、ちゃんと玲奈の面倒見てちょうだいね」「うん、わかった」という会話で決着がついたと思っていたのだけれど。
「部活も二、三日くらいのお休みなら平気でしょ」
なおも食い下がる母に、
「旅行とか、あんまり好きじゃないから」
と食卓に視線を落としたまま拒絶を重ねる。我ながら頑なだと思うが、やっぱり行きたくないものは行きたくないのだ。母がまだ何か言おうとするのでとっさに身構えていると、雷人が
「まあまあ、母さん。家族みんなで旅行に行くことが大事だってのもわかるんだけど、玲奈だってもう中学生だ。やりたいことだっていろいろあるんだろ」
穏やかに割って入った。彼はまだテーブルについてのんびり食後のコーヒーを楽しんでいた。ほんと、マイペースな人だ。でも雷人が柔らかい口調ながらもきっぱり発言して微笑めば、家族の誰もがそれを受け入れる。
「前も言ったけど、玲奈のことは俺に任せて大丈夫だから夫婦二人水入らずで楽しんできなよ」
この時の母もやはり溜息一つだけをついて諦めたようだった。その様子に私はほっと胸を撫で下ろす。だがその後、彼女が独り言のように口にした言葉はまったく予想もしないものだった。
「相変わらず玲奈は旅行に行きたがらないわね……よっぽど天野さんちのことがトラウマになっているのかしら」
これ以上何か言われる前に出掛けてしまおうと食べ終わった食器をシンクに持って行こうとしていた私は、思わず足を止めた。
「……え?」
アマノさん。誰だっけ。聞こうとしたけど口が動かない。覚えているのに、思い出せない。頭の中が不自然に空白だ。
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