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「いっそのこと、警察をやめて婚活してみたらどうですか?」
「婚活・・・かぁ」
結婚、その前段階の婚活。アトリエにその話を持ち出されてより一層彼の表情は暗くなる。話題を間違えたと後悔するアトリエだが、すでに時は遅い。
「確かに僕はもう三十代半ばだからね。結婚して子供がいてもおかしくない年齢だよ。でも結婚とかってなると、一生一人の女性を守り抜くということになるわけだ。僕に果たしてそれが可能なのだろうか・・・」
寅江星雄は学生時代、心を奪われていた女性がいる。その女性があまりにも好きすぎて優秀だった成績が急落して周囲が驚いたほどだ。その女性は学校内でも有名な美人で、なおかつ対人スキルから頭の良さまで全てが秀でていた。成績は常にトップ、大人顔負けの知識量と対話力に発言力。身体技能から芸術に至るまで全てが優秀で、まさに完璧超人と言える女性だった。その彼女は学生や先生以外にも多くの男性から好意を持たれていたのだが、その誰とも恋仲になっていなかった。自分の告白も断られるのではないかと二の足を踏んでいた時、長期の休みで海外ボランティアに出かけていた彼女が異国の地でテロか何かに遭遇して死亡したという話だけを聞いた。遺体は損壊が激しくて原形をとどめていなかったこともあって返って来ることはなく、彼女の出自の関係か葬儀もそこそこという寂しい末路。その時の彼女を失ったショックと、何もできなくて何も行動できなかった弱い自分が彼にとっていまだにトラウマになっているのだ。その弱い自分を克服して、守るべき一人の相手を守ることができるようになりたくて、家族の反対を押し切って警察官に自力でなったのだった。
アトリエの頭の中に寅江星雄の過去の話が思い出される。ギリギリのところで犯人を取り逃がして上司に叱責された後、やけ酒をした彼と捜査中だったアトリエが偶然出会った時に嫌というほど聞かされた愚痴と自分語りだ。
「いまだに彼女が忘れられないっていうんもあるんだよ。ははっ・・・女々しい男だろ」
「いや、そんなことは・・・あっ、倉庫に着きましたね」
寅江星雄の自虐的な笑みはどことなく表情に影を落としている。そんな微妙な雰囲気を一蹴しようと、目の前に迫った倉庫をわざとらしく強調して話題を無理矢理変えていく。
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