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「自殺とか・・・しなでね」
新たな生きる意味を見つけた男だが、それでも絶望を感じさせる壁は高い。その壁の大きさを彼は冷静に分析することができるだろう。ならば、その生きる意味に携われる可能性がどれだけ残されているのか、そのわずかな可能性に賭ける意味があるのか、そぷ自問自答した末に最悪の決断をする可能性は否定できない。
「・・・しないさ。いや、むしろもうできない、か」
アトリエによって破壊された机。そこから地面に落ちて割れたフラスコは薬品を散らして一度は水溜りを作ったものの、今はもう気化してしまって薬が散らばった痕すら残っていない。
「新薬の材料と調合方法を記した資料やデータはあるけどね。完成した新薬はなくなってしまったよ」
今まで自らが携わってきた製薬の研究。それがアトリエの出現と、完成品全てがなくなってしまったことで何か踏ん切りのようなものがついたのかもしれない。
「それに僕が死ぬときは・・・僕が天才だと世間に認めさせてから、だよ」
何やら清々しい表情を見せながら男は言い放った。その様子からはもう自殺などと言うことは微塵も感じさせない。どうやら天才と自称する割には目の前の研究テーマに一直線なだけの大馬鹿者なのかもしれない。だが今はその馬鹿さ加減がアトリエにとって救いになる。
「そう、じゃあ・・・テレビかネットか本かわからないけど、いつか何かであなたのことを見つけられるかもね」
アトリエはそう言うと男に背を向けて倉庫の出入り口へと向かって歩き出そうとする。すると倉庫の出入り口に一人の男が立っていた。スーツ姿が完璧に決まっている、メディアが放っておかないイケメン名探偵の日暮園だ。
「終わったのか?」
「はい。証拠のなる者は倉庫の中に山ほどあります」
「そうか。じゃあ後は警察に任せるか。ひとまず港の入り口で待機していてほしいと通達しておいた」
アトリエが倉庫の外に出ると、日暮園は一度も倉庫の中に足を踏み入れることなく踵を返し、アトリエと共に港の出入り口へと歩いていく。
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