特に何もない日常の始まり

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 背後からの声に即応するも、聞きなれた口調と声色だったためすぐに警戒を解いた。俺は斜め上を見上げながら苦笑いをしつつ謝罪する。 「あー、悪い悪い。ちょっと寝ぼけててアホやっちゃってさ。思わず大声出しちゃったよ」 「あんな高純度の魔石にウェイクの低位魔法をありったけ込めて作ったバカみたいな目覚まし時計を使ってるくせに、それでもなお寝ぼけることができるなんてどんだけ朝に弱いのよ。それとも勇者だから魔法耐性強いとでも言いたいのかしら?」 「いやぁ、もう勇者じゃないし。魔法耐性なんて高くても意味無いんだけどねぇ」 「褒めてないわよ。あんたは昔っから単に間抜けなだけでしょ。ふぁあ……」  そう悪態をついてピクシーであるサリィは俺の頭の上をふわふわと不安定に通り過ぎて行った。テーブルの上に設置された彼女専用の席であるミニクッションの上にだらしなく寝そべった。  エンシェントピクシーであるサリィは俺が勇者選抜されたときからの付き合いなので、おそらく勇者仲間の中で一番共に過ごした時は長い。悪ガキだったころを知られている俺としてはなかなか頭が上がらない存在の一人だ。  とはいえ、こいつもこいつでどうなんだろうと思う。最初のときは「幼子よ、あなたは勇者に選ばれました。共に歩み魔王を倒しましょう」とか仰々しくのたまっていたくせに、今では熟年夫婦の中年おばさんもかくやと言った態度と口の悪さだ。  今だってクッションの上にぐでっと埋もれながら小さな尻を掻いている。見た目だけならば可憐な少女なので、青少年が見たらかなり衝撃的な絵面だろう。女性に対する理想を見事に打ち砕いてくれる小さな同居人だ。  俺はせっかく起きたのに二度寝へと移行しようとしているサリィにフッと小さく笑いつつ、朝の準備を手早く済ませる。  朝ご飯は簡単に火を通したものをサリィの分も合わせてささっと作って食べて、汚れても良くて動きやすい服装を選び、日差しを避けるために帽子は必須、手袋は外で干してあるのを使う。  最後に特注の革製の地下足袋を履いて扉を開ける。外はまだ寒い。ようやく温まってきた室内の空気から白い息舞う寒空の下へと俺は足を踏み出した。 「きーつけてねー。お昼はお肉が食べたいわー」 「あいよ、行ってきます」  背後から手だけをこちらに振って見送ってくれたサリィに返事をし、今日の仕事へと取りかかった。
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