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其の一、鳳蝶と云う少女
弓削夏生(ゆげなつお)は植物に疎い。 それは移ろう美よりも、不変の美しさを好む性格によるのだろうか。日々変わりゆく生き物に一喜一憂することは、夏生にとって酷く疲れる行為であった。
だから、昆虫の蒐集に凝っている割に、植物の種類や植生には驚く程無関心なのだ。木が見分けられなくとも、虫は手に入る。自身の力が及ばない種に関しては、人に頼むなり諦めるなりすればいい。因って、桜と梅くらいなら見分けも付くが、山茶花と椿となるともう駄目だ。匂いに関しても、ある香りを感じた際に、この香りは梔子だねとか、やあもう沈丁花が咲いているねとか、同行者等にそう言われて初めて、これがそうかと納得する様な具合である。
従って、これが梅の花の香りだと分かったのは、視覚に頼った結果であった。
通りがかった民家の庭に、小振りの白い花をみっしりと付けた、一間半ほどの梅の木が立っていた。夏生の腰の辺りまでしか無い、随分と黒ずんだ竹垣は、この家が随分長いこと人の手を借りずに立ち続けていたであろうことを示していたが、庭木の形は存外に整っていた。
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