0人が本棚に入れています
本棚に追加
自分とは関係ない。違う世界に生きているおじさんに、「大丈夫ですか?」「コーヒーでも一杯どうでしょう?」「一席将棋の席でも設けましょうか」。そんな言葉をかける人はどこにもいなくて、新鮮な朝の空気を吸って、きらびやかな光に当たって、自分たちだけの世界で今日を生きていこうと、準備体操している。
おじさんが歩いた先に、公園があった。木製のベンチに座って、何をするわけでもなくただ空を眺めている。
何日も何か月も食べ残してカピカピになったコッペパンを一口、かじる。そこに数羽の鳩がやってきて、おじさんの近くに群がった。
鳩だけは、おじさんのことをちゃんと見ていた。
おじさんも鳩のことを、ちゃんと見ていた。
宙に舞ったパン屑。
鳩が嬉しさのあまり空を舞って、おじさんにおじぎをする。「ありがとう。ありがとう」
時間も愛もお金も名誉も地位も艶も歯も髪の毛も、そのおじさんにはないように見えた。
でも、きっと――。
答えは鳩だけが知っている。おじさんが昔、どんな夢を抱いて、どんな友達が居て、どんな挫折をして、どんな色の景色を見ていたのか。
僕も知っている。おじさんは、きっと、優しい人なんだ。だれもが自分に無関心な世界なのに、憤らず、死を選ばず、ここにこうして鳩にエサをあげに毎日やって来る。
ねえ、なのに――。
どうしておじさんは今、涙を流しているの?
おじさんの涙。地面に落ちて、鳩がそれに群がる。その味は悲しみなのかな。嬉しさなのかな。僕が鳩語を喋れたら、すぐに聞きに行くのに。
ねえ、おじさんは、どうして泣いているの?
最初のコメントを投稿しよう!