おじさんと鳩

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 自分とは関係ない。違う世界に生きているおじさんに、「大丈夫ですか?」「コーヒーでも一杯どうでしょう?」「一席将棋の席でも設けましょうか」。そんな言葉をかける人はどこにもいなくて、新鮮な朝の空気を吸って、きらびやかな光に当たって、自分たちだけの世界で今日を生きていこうと、準備体操している。  おじさんが歩いた先に、公園があった。木製のベンチに座って、何をするわけでもなくただ空を眺めている。  何日も何か月も食べ残してカピカピになったコッペパンを一口、かじる。そこに数羽の鳩がやってきて、おじさんの近くに群がった。  鳩だけは、おじさんのことをちゃんと見ていた。  おじさんも鳩のことを、ちゃんと見ていた。  宙に舞ったパン屑。  鳩が嬉しさのあまり空を舞って、おじさんにおじぎをする。「ありがとう。ありがとう」  時間も愛もお金も名誉も地位も艶も歯も髪の毛も、そのおじさんにはないように見えた。  でも、きっと――。  答えは鳩だけが知っている。おじさんが昔、どんな夢を抱いて、どんな友達が居て、どんな挫折をして、どんな色の景色を見ていたのか。  僕も知っている。おじさんは、きっと、優しい人なんだ。だれもが自分に無関心な世界なのに、憤らず、死を選ばず、ここにこうして鳩にエサをあげに毎日やって来る。  ねえ、なのに――。  どうしておじさんは今、涙を流しているの?  おじさんの涙。地面に落ちて、鳩がそれに群がる。その味は悲しみなのかな。嬉しさなのかな。僕が鳩語を喋れたら、すぐに聞きに行くのに。  ねえ、おじさんは、どうして泣いているの?     
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