第一話 その犬はある日突然やってきた

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~大杉小学校2年1組~ 『算数の授業。…退屈。つまんない。 早く終わらないかなー。算数なんか大嫌い。 算数なんかこの世から無くなっちゃえば良いのに…』 撫子は算数の時間になると、 毎回同じような事を思う。 季節は春。 桜が咲き始めた頃だ。 気温も上がってきて、眠くなりやすい時期でもある。 ただでさえボーっとしやすいのに、 それに加えて嫌いな算数。眠くならない方がおかしい。 …当時の私に、 もし言えるものならこう言いたい気分だ。 『算数、今頑張っておかないと後々泣きをみるよ』 と…。 でも撫子に言わせると、 今日はまだマシなんだそうだ。 何故なら4時間めで、終わったら給食だから。 撫子は前から3番目の窓際の席にいる。 窓から見える校庭には、 桜やサルスベリ、銀杏、芙蓉等の木が立ち並び 季節ごとにその花を堪能させてくれる。 「わー!ビックリしたー!!」 「なんだなんだ??」 「あー、この子知ってるー!」 にわかに、クラス入り口付近の子が騒めきだす。 なんだろう?と声の方を見た撫子は 『あ!あのワンちゃん知ってる!!』 と思った。 そう、開けっ放しのドアから入って来たのは、 大きな白い犬…。 それはピレネー犬とラブラドールレドリバーを 足して2で割ったような感じの、 大きな大きな白い犬だった。 心もちベージュ色がかった白い毛並はフサフサしていて、 触ると意外なほど柔らかく心地良い手触りだ。 少し長めの毛並は、 ラブラドールレドリバーを思わせる。 丸みを帯びた艶やかな黒い鼻。 大きな漆黒の瞳が印象的な、美しい犬だった。 何よりその澄んだ黒い瞳は、 見る者の心を和ませ、笑顔にする力があった。 幼い私には、 それが何故なのかは表現出来なかったけれども。 今ならこう言葉に出来る。 人間のささくれ立った心も、 包み込むような慈愛に満ちた神秘的な瞳だった。 それは全てを許す「愛」に満ちた眼差し。 と…。 首輪はしていた跡がある。 どこかで飼われていたのだろう。 とても人懐こかった。 彼がどんな経緯があって迷い犬になってしまったのか。 その経緯は不明だ。 だが、 少なくとも非常に賢かった彼なら、 その気があれば飼い主の元へ戻る事など いともたやすい事であったろうと簡単に推測される。 敢えてそうしなかった。 彼は飼う側の色々な事情を察したのだろう。
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