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桜太は自分が幸せだったとは言い切れなかった。今になって思えば、命の危険がないということは、それだけで幸せなことだ。だが、この時代に来るまでの桜太は、それが当たり前のことだと思っていた。その幸せが沢山の命と、大切な人を失った者の悲しみの上に成り立ったものだとは知らなかった。桜太だけではない。「未来」を生きる者のほとんどが、そのことを意識してはいないだろう。
「僕は……未来で自殺したんだ。そしたら何故かこの時代に来てた」
「自殺って……自分で自分を殺そうとしたってことか? 何で?」
理解できないといったような顔で一蔵が見つめてくる。この時代にいる一蔵には、恵まれた環境にいる桜太が命を捨てるということが理解できないのかもしれない。
「逃げたかったんだ。これから先の未来が不安で……ひとりぼっちが寂しくて……。残りの人生、ずっと一人なんだって考えたら、生きる意味なんてないんじゃないかって思ったんだ。でも……」
桜太は言葉を切ると一蔵の頬に触れた。温かい一蔵の体温を感じる。
「でも、一蔵に会えて……梅ちゃんや泰子さんと過ごせて、生きる楽しさを思い出せた。失くした青春を取り戻せた気がした。……ありがとう」
一蔵は頬に触れる桜太の手に、自分の手を重ね、目を閉じた。
「だからさ……」
――夏の香りを乗せた強い風が吹き抜けた。
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