其の一『ハチクロ』

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俺は猫だ。 名は、十三郎。 立派な名だろう、羨ましいか。 飼い猫、野良猫あふれるこの田舎町。 『招き堂』ってぇ店を営む、物好きで少々変わった男がいる。 俺たち猫は困ったらこいつに相談しにいくのさ。 かくいう俺は店の奥の縁側でごろ寝と洒落こんでいたのだが・・・・・・ 「フクー!福之助ぇ!」 おっと、どうやら客らしい。 俺はここで春の陽射しを浴びながら、行く末を見守らせてもらおうか。 「いるのにゃ!?福之助ぇ!」 「はいはい、そんなに慌てなさんな。今行きますよ」 この男、福之助。 長く伸ばした髪を、ゆるく後ろで束ねている。 たまに猫たちがじゃれると爪に絡まるのが難点だ。 人相は雌が心許しそうな優男。 別に羨ましかねぇ。 背に『福』の字をあしらった若草色の羽織物、少々くたびれたズボンに下駄。 年の頃は働き盛りといったところか。 若ぇ客に急かされてるが、相も変わらずゆったりのんびり・・・・・・。 「ハチクロさんじゃないですか。どうしたんです、その荷物は」 「ふぎゃー!もうアッタマきたのにゃ!僕のことバカにするから家出してきたのにゃー!」 「家出ですか。それは穏やかじゃありませんねぇ」 ハチクロか。 あいつの寝床は確か八百屋の十兵衛。 娘のさよりが可愛がっていたはずだが。 唐草模様の風呂敷包みを背負ってやがる。 果たしてガキの戯言か否か。 「絶対帰ってやらないにゃ!今日から三丁目の土管が僕のお家にゃ!」 地団駄踏んで喚いちゃいるが、猫の足じゃあ、たすんたすんと何の迫力もありゃしねぇ。 「まあまあ、落ち着いて。美味しい玄米茶を頂いたんです。茶菓子もね。中で話を聞こうじゃありませんか」
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