1 春爛漫

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    1    蒼穹に積雲が群れている。  時折、その青い影を地上に落とす。  雲は波打ち際のようだ。  雲が落とす影で森が黒く染まり、再び太陽を浴びると華やかな緑の森へ、生き物のように変貌していく。  菜の花の群生は濃厚な香りを野に放ち、淡紅色の桜が野を染め上げていた。  春爛漫。  彼らは車座になって花見の最中であった。  桜の下で宴を楽しむ古来からの風習。  白い雲、青い空。  黄色い花畑、桜色の風。  実は、みんなバーチャル映像だ。AIが創りだした、クソみたいなインチキ三次元映像なのだ。  花の匂いも風の柔らかさも人工だった。  卓也に限らず、ここに集まっている連中は、そんなことは百も承知だった。  まがい物でも、両親や祖父母から確実に受け継いできた<花見>という一大イベントをないがしろにはできなかったのである。  一本の桜の木のまわりには、AI非搭載型の<旧人>たちが、笑い、歌い、酒を酌み交わしていた。 「おーい、先生。遅かったじゃねえか」  学生時代の仲間たちが手招きしている。  学生時代といっても、そんなに昔ではない。ついこの間までゼミやサークルで一緒だった、気のおけない連中だった。当然、年齢層も若い。  橘内卓也は29歳。仲間からは先生と呼ばれている。  二十歳で大学を中退。そして7年後に教員試験に合格して、現在は高校で国語教師をしている。7年の間、彼がどこで何をしてきたのかは、誰も知らない。本人も多くを語らなかった。  北アフリカの対テロ専従工作員をしていたという噂もあったが、卓也は笑って首を横に振るだけだった。 「やあ、わりぃ。ルイザと式の打ち合わせしてたら遅くなった。やっぱさあ、みんなが楽しめる広い場所がいいかなと、思ってさ」  それほど背の高くない国語教師は詫びれる風もなく、仲間たちの輪に加わった。 「ひゅーひゅー。妬けるよ、この!」  橘内より二つ年下の大久保理沙が拍手しながら立ち上がった。 「ルイザちゃんは来ないの?」 「きょうは、客注弁当作りで忙しいんだって」  橘内は言い訳をした。
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