冬の日の殺人

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    「後ろから一突き。即死だな」  その広い書斎は落ち着いたイタリア製の家具で纏められていた。  絨毯は元より赤黒く、ぱっと見ただけでは、血の跡はわからない。  被害者の加東(かとう)将也(まさや)は五十六歳。  あまり評判のよろしくない古美術商だ。  どっしりとしたデスクの上に椅子とは反対側から、だらしなく突っ伏している。  デスクの側では、白衣を着た長身の男が、加東を厭そうに見下ろしている。  死体とは対照的にすっきりとした容姿の男、監察医の榊蒼以(さかき あおい)だ。  補佐の各務が加東を動かすと、遺体の下になっていた黒い厚みのある歪み茶碗が顕わになる。 「……織部か」  艶やかでごつごつとした器の底に、身体を伝い落ちたらしい血が、ちょうど茶を飲むのに良さそうな量ほど溜まっていた。
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