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冷静に考えて思い当たるのは、気楽だからか。 俺は人付き合いが苦手なクチだ。 喋らずに済むなら、おそらく一日中口を閉じていても、何ら苦にならない性格をしている。 そこでの仕事は、基本さえ覚えてしまえば、1人でも十分にできる作業。 人付き合いが苦手な身としては、まことに過ごしやすい環境であるわけだ。 大体の仕事は、どうしたって人との関わり合いが必須になるところ、こうした条件の仕事となると、なかなか見つからない。 それにまたいちいち他の仕事を探すのが面倒だったし、当時はそれほど長く続けるつもりもなかった。 と、いうのも、俺みたいな人間にもなりたいモノがあり、作家を目指して日々の暮らしを送っていたからだ。 まだ世に認められなくとも、そのうち何らかの形で作品が認められ、食べていけるようになるだろう。 これまた浅はかな甘い見通しを自分に言い聞かせてた事もあり、どうせ一生の仕事にはならない。 だからこそ、悪条件の中でもさほど苦にならず、続けていたのだろう。 それが1年、また1年と経過し、気がつけば30代も後半にさしかかり、まるで芽の出ぬうだつの上がらぬ男となってしまっていた。 こんな筈ではなかった。 人生につまづいて、己の見通しの甘さを知った人間が必ず口にする言葉を幾度もまくし立て、ムダに過ごした時間の大きさを後悔する。 そして行き着く現実逃避の言葉が、一度は耳にする「大器晩成」。 自分は若くして成功するタイプではない、これからが勝負所だ。 そう言い聞かせてちっぽけな野心を奮い立たせる姿、まっとうに生きてきた人間からしたら、どれだけ陳腐に映るだろう。 人は人、俺は俺。 自分のやり方は間違ってはいない、後は作品が注目されるきっかけさえあれば……そんな希望的観測にすがりつきつつ、金にならぬ仕事を続けながら、執筆に没頭する毎日。 こんな日が、こんな月日の過ごし方があとどれだけ続くのか。 そう考えてた俺であったが、そんなダサい生き方に影響を与える出来事が。 親父が入院した。 それもいきなり、数日がヤマだと告げられて。 病名は肺炎。 高齢ではあったが、自分で最低限の日常生活を送っていたから、まさかそんな病気にかかっていたとは思わなかった。 しかも、いきなり命に関わる宣告をされるとは……
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