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髪が抜け落ちて禿げた頭、刻まれた皺、こけた頬にスカスカの歯……
80年の年月を生きてきた確かな証、こんなに間近に見るのは、共に暮らしてきて初めてだ。
ろくに口を効かなくなった親父にも、俺と同じように子供の時代があったのだろうな。
そんな感傷に思いを浸らせている思考が、強制的に止まる。
親父の首に見慣れぬモノがあった。
見間違えでなければそれは、俺が長い間使用してきた、所々傷みが見られる皮のベルト。
…………何だあれ。
親父のヤツ、痴呆症が進んで、腰に巻くところを首にベルトを巻いちまったのかな?
「おい、親父。
それはクビに巻くモノじゃないぜ、巻くならしっかり腰に巻かないと」
俺の言葉に、うんともすんとも反応せず、身動き一つしない。
頭では理解しているのだ、親父が死んだって。
なのに出てくる言葉は、生きている時みたいな日常会話。
ベルトはよく首に食い込んでおり、窒息が死因か。
呼吸ができずに、苦しみながらの最後を迎えたのかと思うと、背筋に走る悪寒。
死んだ………………親父が、死んだ。
それも首を……絞められて……
事故や自殺とは明らかに違う状況下、殺人であるのは明確。
そして親父を殺したのは……
俺はその場に足元から崩れ落ち、ペタンと尻もちをうって茫然自失。
よくテレビで目にしていた介護していた人間を殺したという事件報道、遠い出来事かと思っていたのに、まさか当事者になってしまうなんて……
おふくろはどうしたんだ?
親父をこんな風にして、どこへ行ったんだ?
ジリリリリン。
ジリリリリン。
突然に鳴り響く電話にビクリと反応するも、すぐに体が動かず、思うように立ち上がれない。
動け、動け、動け…………動けぇええ!
喝を入れて何とか立ち上がり、ずっと鳴り続ける電話に出るために、フラついた足どりで向かう。
「……はい、もしもし」
「あ、こちら××警察署ですが、そちらは石田成美さんのお家で間違いないでしょうか」
……警察?
「……はい。
俺のおふくろの名前ですが……」
「あ、すると息子さんで。
実はですね、石田成美さんですが……つい今しがた、線路上を裸足で歩いているところを保護されまして。
旦那さんが死んだみたいな事をブツブツ言っているのですが、旦那さんはご在宅ですか?
あの、もしもし?聞いてます?」
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